この日はあきる野市周辺のディープスポット巡りをしていた。
Googleマップで上から眺めたり遺跡等で検索をかけるとたまに面白スポットが見つかるので最近はブログよりもGoogleマップで情報収集をしている。
スタート地点はここ。この周辺に住んでいない限り通り過ぎてしまう歩道沿いにあった。
歩道と車道がガードレールでガッツリ分けられているので車でのアクセスは不可能だ。
たまたま一個前に訪れた廃墟がこの周辺だった。
せっかくなので他にも面白スポットがないか探していた所こちらの妙見宮を発見したのだ。
史跡となっていたがGoogleマップにはクチコミ自体がなく今にも崩れそうな神社の写真一枚のみ掲載されていた。
これは一体なんだよ….
面白スポットを発見してしまった。
早速行ってみよう。
正直ネット上に情報が無さすぎて(当時)どのくらいで見つかるのかとかどこにあるのかも不明。
でもそれがいいんだよ。
探検って感じ。ダンジョンに潜る。
もう既にモヤスポの香り。なんだこの柵は。
ちょっと不安になって振り返る。
ちなみに終始誰にも会うことはなかった。
トタンの柵を超えると今度はベットのスプリングのような柵になった。廃墟感がすごい。
この柵….どこで手に入るのだろうか。
さらに森は混沌となる。どうなってるのか木。
もはやアート。
なんか巨大なモンスターようにも見えてきて不気味だ。絡まりすぎだろう….
一応階段がある。
一本道で迷うことはないだろう。
竹の隙間から何かが見える….
あれ何…儀式?
そして手前のペットボトル。
怪しい液体が溜まっている。
大体こういうのは蜂を捕まえるトラップなんだよなぁ….と思いつつよく見ると….
その先には電装部品。
一体どのような用途なのだろうか。
全くわからない。
貯水ドラム缶。朽ちて水はなさそうだ。
こんなに短いのに濃密な空間….これは期待してしまう….
と思っていたら….
あっさり終わってしまった。
住宅地にしかつながってない….
え?!嘘?!どこにもそれっぽいものなかったんだけどなぁ。取り壊されてしまったのか。
そうこの日は山を散策しにきたのではなく妙見宮というものを拝観しにきたのだ。
建物なんか道中なかったし途中は私有地のようで柵に囲まれていた….詰んだか….?
携帯のGPSを頼りに見ると….どうやら頂上を目指すようだが….引き返すか….
それは意外とあっさり見つかった。
写真だと非常に明確に道と認識できるが歩いていると意外と気付けない。
しかも行きの進行方向とは逆向きに伸びていたので視覚的にも気付けなかった。
引き返してよかった。
子供の秘密基地までの道のような….か細いルートを辿る。写真で見るとわかりやすいな….
体感はこんな具合です。
正直上に妙見宮がある事を知らなかったらまず行かないでしょうね….道と思わないかも。
現地では「これ本当に道なのか?!」と結構半信半疑でした。
道を抜けるとすぐに不明瞭な坂道になった。
傾斜は急で踏み跡も消えたのでただ山の斜面を登る不審者のようになっていると感じた….
ところが登り切るとなんと視界が開けた。あ、これであってたんだ….と思うと同時になんと山頂標識が目に飛び込んできた。
番神山だと….なんとこの山には名前があった。
ゆるキャン△のような….記号が気になる….
番神山△
よく見ると至る所に….番神山△
しっかり防水処理されている。
見た感じ数年は経過しているようだ。
そしてこれも謎空間を増していた。
手袋はまだわかる….横のルアーはなんなんだ….この辺には川どころか水分など全くない。
そしてなぜかピントの合わないルアー….
完全に道である。
行きの不安感は一体なんだったんだと思うくらいしっかりした道。
これもしかして他にルートあったのかな?と思った。
どこまで続くんだろう。行きに通った道の上を歩いているような感じだ。尾根歩きだ。
秋川市の基準多角。国の管理も入っていた。
ぶら下がってる何かを発見!
山で白いものなんて見ないから正直かなりびっくりする。異物感すごい。
山神….だと….左上にうっすらと【霊】と書かれている気がする….ざわ….
さらに深淵へ….
ついに….ミツケタ
ミツケタ
そしてお堂よりも先に目に飛び込む掲示物の数々….ここは一体なんなんだ!!!!
天之御中主神(あめのみなかぬし)….
とりあえず中心に書かれた御名前を調べると宇宙の神聖なる中央におわす最高神、至上神との情報を得た。
左右にいるのは伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)だと思われる。アメノミナカヌシは正直初めて知りました….読めなかった….
そして調べたところ妙見宮、妙見堂、妙見神社が祀ってる神様がこのアメノミナカヌシ様のようです。
あと北極星。星に対する信仰?とこれまた初めて知りました。
これを妙見信仰というようで….調べると繋がってきました。
最初は【やべえ】と思った掲示物の内容は特におかしなことはなかった。という事を知りました。
….ただ知らないとちょっとコワイ。
掲示物に夢中になりすぎたがこれが今回の主役の妙見宮だ。その正面付近に掲示物がかけられていた。
全貌はもうしばらく待って欲しい。
まずは紙を全て読みたい….
立派な石碑。
南無妙法蓮華経だろうか….とりあえずこれで日蓮関係なのか?とも思った。
サンスクリット語のような文体だ….残念ながら読めず。
こちら妙見宮の案内板。凝ってる。
ここにも北斗七星を神格化とある。
そしてこれが件の建物。Googleマップにはこの写真のみがドーンと載っていたので何事?!とここにきた訳だが….
色々由来を調べるうちに神聖な気持ちになった。
しかし長いこと誰も訪れていないのかお供物などは特になく….
※ブログを書きながら色々な資料を調べているうちに知りましたがこのお猪口のマーク。これは日蓮宗のマークでした。ここに大ヒントがあったかーー。
固く閉ざされている。
よく見ると南京錠が3つも付けられている。
かなり厳重だ。
なぜこんな姿になってしまったのか。
修復はされないのか。色々気になってしまう。
そもそも近所の人たちは存在を知っているのだろうか。
なんと紙の裏側にもびっしりと記載があった。
要約すると【疾病が流行した時に妙見信仰の力で集落に疫病が入り込まないようにした】とのこと。
これはまさに….今こそ必要なのではないだろうか….
傾いてしまっている。
右側面はほぼダメージがないように見える。
手前は捲れ上がっている。
霊生者必滅
かなり物騒な字面だが【生命ある者は必ず死ぬときがある】という意味のようだ。
年季の入ったラジカセが転がっていた。
私はここに30分ほどいた。
最初は不気味だったが時間が経ってみるととても落ち着いて心地いい雰囲気に変わった。
……..
開宗700年記念と書かれている。
昭和◯七年とある。読めない….昭和17年だろうか….仮に昭和17年(1942年)時点で700年記念ということは1242年….何があったか歴史を調べると日蓮聖人が戒体即身成仏を述作とあった。
調べた記録の年表的には日蓮聖人のはじめての書き物だろうか….その後1253年に南無妙法蓮華経と初めて唱えたとか….
最初の書き物時点で開宗というのであればやはり昭和17年のものだろうか….
ちなみに日蓮聖人について調べていたら【日蓮聖人降誕800年記念サイト】というものが見つかった。
現代では石碑ではなくウェブに記録が残される時代のようだ….
という事で自分の知り得なかった色んな事を知るきっかけとなった。
今回の妙見宮。
ありがとうございました。
改めて周りを見ても他にルートらしきルートはないのでやはりさっきの道が正規だったのかな….正解はわからない。
とにかく至る所に情報が散りばめられていてさながら歩く博物館のようだった。
しかし残念ながらこれを記載した人もお供物の乾き具合を見るに長くここには来てないのではないだろうか。
入り口の踏み跡も誰かが来ない限り年々薄くなるだろう….
なんとなく感化されて神聖な気持ちで降りてきた。あー面白かったなぁ。
….台無しである
おわり